守ることと守られること

こんにちは、ショウエイです。

先月、私は改めて十善戒を授かりました。

この戒律について深く考える中で、一つの考えが浮かび上がってきました。

それは、「戒律を守る」という行為は、実は「戒律に守られる」という状態をもたらす、ということです。

「戒律を守る」という表現を聞くと、私たちが一方的に行動を制限するように感じられます。

しかし、私の経験から言うと、戒律を守ることによって、実は私たち自身がその戒律によって守られているのだと感じています。

私が修行道場に入った時、テレビや新聞などのメディアを見てはいけない、お肉や魚を食べてはいけない、外出もできないといった多くの規則がありました。

普段の生活と比較すると、守らなければならないことがとても多く、初めのうちは「あれもしたい、これもしたい」という欲求に苦しむ期間が続きました。

しかし、これらの戒律を守ることができるようになると、余計なことを考えずにすむため、心にゆとりが生まれます。

つまり、戒律を守ることで、私たちは良い習慣を身につけ、その戒律が私たちの生活にゆとりをもたらし、守ってくれているのです。

この考え方は、戒律だけに限らず、私たちが何かを大切にしたり、信じたりすることすべてに関係すると思います。

何かを大切にしたり、信じたりすることは、そのものから自分が大切にされたり、信じてもらえることなのではないかと思います。

これは、全てが互いに影響し合っているという仏教の縁起の考え方に基づいています。

この考え方を持つことで、自分たちの行動や言葉が、自分自身だけではなく、周りにも影響を与えるということを意識することが重要だと感じています。

私たちは、自分だけが大切にしたり、信じたりする存在ではなく、お互いに影響し合っている存在です。

そのことを意識しながら、日々の生活を送ることが、私たち自身と周囲の人々にとって最善の道であると思います。

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