こんにちは、ショウエイです。
最近、祖父が住職を務めていた頃から檀家さんをはじめとした交流のある方々とお会いする機会が増えています。
その方々と話をしていると、決まって祖父との思い出話をします。伺う祖父の話を通じて、私は新たな発見を重ねています。
僕が知っていたのは、温かく、優しく見守ってくれている「おじいちゃん」でした。
しかし、皆さんから伺う話は、また違った一面です。
それは「住職」としての祖父の存在でした。
話の中では、祖父がどのように寺院を導き、地域に貢献し、人々の心に寄り添っていたのかを私に教えてくれます。
僕は、祖父が亡くなってから僧侶の道を歩み始めたので、祖父から直接教えてもらうことはありませんでした。
しかし、皆さんの思い出や教えを通じて、間接的に祖父から学び続けています。
僧侶として社会に出てから早6年、祖父が亡くなってからは11年が経ちました。
この道を進む決意をした当初、正直なところ、甘えからか、「祖父がいれば…」と祖父が亡くなり身近に相談できる存在がいないことを欠けていると感じていました。
それでも、無我夢中に僧侶としての道を歩み続けました。
そして、祖父と交流のあった人々の助けを借りて、まだまだ初心ですが、いまに至ります。
10年以上経った今でも、「おじいちゃんはね…」と祖父のことを教えてくださる方々がいて、それによって祖父が「住職」として地域にどのように関わっていたのか、その役割と意味を深く考えさせられます。
こうした方々の存在は、私にとってとても大切なものです。
それは、祖父の人間性と住職としての役割が、多くの人々の心に深く刻まれていることを示しています。
そんなことを考えていると、ある日、葬儀社の方から「和尚さんは今のままでいてください。おじいちゃんもそうだったから。」という言葉をいただきました。
それは私にとって、一人の僧侶としての道を歩み続ける上での大きな支えとなりました。
初心忘るべからず、これからも精進し続けたいと思います。
祖父の教えを胸に、毎日を大切に生きていきたいと思います。
まだまだですが、これからも祖父の影響を受けながら進んでいきたいと思います。